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2003年06月24日

●ギャングスター・ナンバー1

原題:GANGSTER NUMBER 1
監督:ポール・マクギガン
製作:ノーマ・ヘイマン、ジョナサン・カヴェンディッシュ
脚本:ジョニー・ファーガソン
出演:ポール・ベタニー、マルコム・マクダウェル、デヴィッド・シューリス、サフロン・バロウズ他
オフィシャルサイト:http://www.gaga.ne.jp/gangster/
2000年/イギリス/103分

1999年ロンドン。裏社会に君臨するギャングスターにひとつの報せが舞い込む。
それは、彼がかつて憧れるあまり憎み、陥れたかつてのボス、フレディが30年ぶりに出所した、という内容だった。
1968年、行き過ぎた憧れはいつしか狂気へと変貌し、一人の若きギャングスターを権力の座へと駆り立てて行った・・・
以下、ネタバレ含みます。

感想の書きにくい映画・・・
感覚的には解るんだけど、言葉にして書くことがむずかしいなあ。
なんとも虚しい話でした。面白くないわけじゃないよ。虐殺シーンはちょっと辛かったけど、ストーリーもよくできてたし、衣装や小物なんかにも凝っていてよくできた映画だったと思う。
憧れの他者に執着しすぎたばかりに自分を見失った人の悲しい末路を描いた話ですかね。
この執着が故にフレディに真剣に愛する女性が現れたときに、自分から離れた存在になっていった彼を許せず、彼を裏切り自分が彼になりかわる。
フレディを裏切り、彼を陥れたあとの30年間も結局、ギャングスターの脳裏にはいっつもフレディが絶対的な比較対象(コンプレックスかもしれん)として存在していて、彼のようになりたいそして彼を超えようと躍起になっていてんでしょう。
けれども、彼のようにはなれなかった。(この辺はエディがフレディを選んだことで端的に表されていたと思った)
そして、出所したフレディに再会した場面でフレディに金品を与えようとしたが、全て拒否され、ならばとフレディの憎悪を煽り自分を撃てと叫ぶがフレディはそれもせずに愛するカレンの元へと帰って行く・・・
つまり自分がこの30年間築いてきた権力/財力はフレディに拒否されることですべて崩れ去り、自分の存在すらフレディには何の意味も持たない、自分には何もない、と最後に気づかされてしまったのではないかな。
一方的な他者への依存のような歪んだ執着は、自らの存在意義すら危うくする危険なモノなのだと私は思った。
物語の最初から最後までギャングスターには名前がないのも、フレディを通してしか自分を持てず、最後にはそれすら否定されてしまった哀れさの象徴だったのかな・・・

うう、上記は四苦八苦の上の感想文です。まとまりのない文章だけど、これ以上書きようがなかった。共感しにくいところが原因かな。
ギャングスターを演じたポール・ベタニーとマルコム・マクダウェルのイッちゃってる演技は見ものです。特にポール・ベタニー。よく「俺の目を見ろ。」と脅しをかけるシーンが出てくるんだけど、目がホントにいっちゃってる感じがして怖い。あと、時々出てくる、目を見開き、口をカッと開けて吼えるシーン。かなーりいっちゃってます。 サイコ演技はまってます。
デヴィッド・シューリスもダブルのスーツを嫌味なく着こなしてるのはさすが。蛇足だけど、シューリスって確かハリポタの次作でルーピン先生役な気がするが、ちょっと想像不能。

エンディングを含む要所要所で[The Good Life]という曲(ジャズのスタンダードナンバーらしい)がかかるんだけど、これがまた皮肉めいた選曲でギャングスターの哀しさを演出してた。かなりイイ感じに仕上がっていて誰が歌ってんだ〜?と思ってクレジットに目を凝らしたらなんと!ニール・ハノン(ディヴァイン・コメディ)でした。

6/22/03@シネマライズ

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